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“関門海峡を越えた”博多うどん酒場、「イチカバチカ」で今宵、博多の夢を見る
「ほぼ日刊イトイ新聞」にて、「おいしい店とのつきあい方。」というコラムを連載している、フードコンサルタントのサカキシンイチロウさん。日々ジャンルを問わず美味しい店を食べ歩いているサカキさんは、2015年末、「博多うどんはなぜ関門海峡を越えなかったのか」という本を出版されました。 一方2016年8月、一風堂はそのタイトルとは裏腹に、グループ内の新業態として、東京・恵比寿に博多うどんの店「イチカバチカ」をオープンしました。越えないはずの関門海峡を、越えてしまった「イチカバチカ」。「東京の」博多うどん店は、サカキさんの目にどのように映ったのでしょうか? コラムを執筆していただきました。
WORDS by SHINICHIRO SAKAKI
PHOTOS by SHINICHIRO SAKAKI, HIDEKI ANZAWA
博多うどんの本を書いた理由
博多うどんの本を書きました。美味しいモノなら何でもそろう東京で、食べることができない数少ない料理のひとつが博多うどん。うらやましいなぁ…。何でなんだろうと思ったのが、その本を書いたキッカケでした。

「博多うどんはなぜ関門海峡を越えなかったのか」
これが本のタイトルで、その観点で博多のうどん屋さんを何軒も取材して回りました。その旅の中で、博多うどんがやわらかいワケ、博多うどんの出汁が甘くて美味しいワケ、手軽で安くて、まるでファストフードのような便利な役割を演じているワケが次々に明らかにされていく。博多うどんのそうした特徴そのものが、実は関門海峡を越えることができない理由だったと知って、一時は真剣にどうにかして東京に博多うどんのお店を連れてくる方法はないかと考えたこともありました。
ただ、本を書いたご縁でとある有名博多うどんのチェーン店の社長にお話を伺う機会に恵まれたとき、ついでに聞いてみたのです。「なぜ、東京に出店しようとされないんですか?」と。答えは意外なモノでした。
「『場所も用意してやる。金も用意するから東京に店を作ってみないか』という人はたくさんいるんですよ。でも場所なら自分で探せるし、東京に一店舗出店するくらいの資金だって手元にはある。場所やお金が東京に出店しない理由じゃないんです。小さい頃から博多のうどんを食べて育った元気なおばさんたちを20人。東京で探して、私たちに紹介してくれるというのであれば、関門海峡を越えてもいい。博多のうどんは、本当にそれを美味しいと思う人が作ってはじめて美味しいうどんになるのだから…」と。
そう聞くと、博多のうどんを当たり前に楽しむことができる博多の人たちが、ますますうらやましくてしょうがなくなります。そう思い始めると、実は博多の街には、博多うどんをうらやましいと思ったのと同じくらいにうらやましいことがある、というのに気づきます。
他の都市では成立しない、博多流の飲み方
それは、博多ならではの日常的な食事の風景。博多という街では、サラリーマンが、学生が、若い人たちのグループが、帰りの時間を気にせずおおらかに飲み食べします。週末であれ、平日であれ。夜の街のにぎやかさにビックリさせられるのです。博多という街がほどよく大きく、けれど決して大きすぎない。街の人口が、多様で多彩な飲食店を花開かせるのに十分なほどに多くて、けれど人と人との関わりが希薄にならない程度に少ないのです。
しかも「この一品」を自慢にした専門店が多いのですネ。餃子、唐揚げ、串焼き、刺身。行く店行く店、個性的で楽しいお店。同じ料理でもお店によって風味、味わい、流儀が違って、だからハシゴをしたくなります。博多に行くたびに、博多の人たちが当たり前だと思っている夜の楽しみ方をうらやましく思うのです。
ただこのうらやましさは、博多うどんに対するそれよりはるかに深刻。東京の街が小さくなることはまず不可能。気軽にはしごできる環境が博多の「飲んで楽しむ」という食文化の基本であるとするならば、博多料理を出すお店が一軒できたぐらいでは済まないのです。何軒か、個性的なお店がまとめて東京にやってきてくれる。しかもそういうお店が、歩ける場所に集中的に出店してくれるようなことがない限り、博多流の飲み方はできないのかもしれないなぁ…と、ますますうらやましさは募るのでした。

東京・恵比寿にできた博多うどん酒場
そして先日。東京の恵比寿に、博多うどんで〆る居酒屋ができたんだ、という話を聞きつけました。店の名前は「イチカバチカ」。なんと、博多ラーメンの一風堂がやっているというじゃないですか。

一風堂と言えば、地方のご当地ラーメンだった博多ラーメンを、世界の人が熱狂するラーメンにした立役者。博多のラーメンの次に、「博多のうどん」を真剣に手がけるとしたら、博多うどんもメジャーになるかも。そもそも、越えないと思っていた関門海峡をどんな方法で越えたんだろう…と、興味津々でやってきました。

ビックリしました。お店に入った瞬間に、「あぁ、ココは博多だ!」って感じたのです。決して大きな店ではない。かといって窮屈に感じるようなこともない、そのサイズ感が博多の街と同じくほどよい。お店の真ん中にカウンターがドンと置かれて、まるで博多の屋台のような景色を作る。しかも串焼きを焼く厨房があり、うどんを茹でる茹で釜がありと、何軒もの屋台が肩を寄せ合っているようなニギヤカサ。カウンターの奥には大きなテーブルがあり、座る場所でまるで違ったお店のように感じるステキ。

メニューを開くと豚バラの串焼きがあり、酢モツがあったり、博多うどんの定番トッピングの丸天に出汁をかけて温めたおでんのような創作おつまみ料理があったりと、何とも楽しいではないですか。料理もテキパキ出てくる。それがいい! 酒を飲むリズムを邪魔せず、楽しくお替わりできるのです。
そもそも博多の人はせっかちで、だからラーメンだってすぐに茹で上がる細麺を選んだのでしょう。博多うどんも、頼んですぐ食べられるよう、二度茹でか、あるいは注文を見込んでずっと茹で続けているほど。屋台が楽しいのも料理がスピーディーに出てくるからで、そういう意味でもココは東京にあって博多的。レモンサワーで気持ちよくなり、そろそろ〆にしようかと、そこで博多のうどんをスルリと食べる。この店だけでハシゴをしているような気分にニッコリします。

一風堂だからできた、ラーメン的なうどん
東京の恵比寿の路地に九州、博多がやってきた。しかも関門海峡以東において、ボクが知る限り最も美味しい博多うどんまでやってきた。やわらかく、味わい深くて、けれどこれが驚きの方法で作られている。あんな風に麺をやわらかくすることをよく考えついたよなぁ。なるほどスープも、旨味を担当する基ダレと、風味を加えるスープを別々に作り丼の中で合わせるやり方。
ラーメン的な手法をうどんに応用するって、いかにも一風堂ならでは。ああいうふうにすれば味わい、香りが安定するよな…、とカウンターに座ってうどんができる様子を見ながら感心しました。おそらく、一風堂だから考えつくことができたんだろうと思うと、何だかありがたくすら思えるほどステキ。また行かなくちゃと気持ちがウズウズしてくるのです。


WORDS by SHINICHIRO SAKAKI
サカキシンイチロウ / WRITER
1960年、愛媛県松山市生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業後、店と客をつなぐコンサルタントとして1000社にものぼる飲食店を育成。語学力と行動力と豊富な知識で戦略を展開する。飲食店の経営のみならず、食全般に関するプロデュース、アドバイスを主な業務として活躍中。著書に『おいしい店とのつきあい方。』(角川文庫)、『博多うどんはなぜ関門海峡を越えなかったか』(ぴあ出版)などがある。毎日更新しているブログ「サカキノホトンブ」も人気。
http://sakakishinichiro.com/
http://www.1101.com/restaurant
博多うどんはなぜ関門海峡を越えなかったのか